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平成で最も人々を集めた魅惑の仏像・阿修羅の魅力とは!?

2020年04月25日

平成における31年の歴史の中で、日本各地では様々な日本美術展が行われてきましたが、

最も多くの人々を集めたのが、もはや日本美術展の伝説ともなっている

2009(平成21年)に東京国立博物館にて開催された【国宝・阿修羅展】です。

 

東京で90万人を超える来場者を集めた後、

すぐに福岡にて開催された阿修羅展でも70万人を超える来場者を記録し、

阿修羅に関連するグッズが多く販売されるなど、

仏像ファン以外も巻き込んだ社会現象ともなりました。

 

この時に展示されたのが有名な興福寺の国宝・阿修羅像ですが、

三つのお顔と六本の手という超人的なお姿ながら、あどけない少年のような、

どこか物憂げな美しい表情はどのようにして誕生したのでしょうか?

 

阿修羅の本来の姿は、恐ろしい悪霊鬼神

古代インドの神話の中に阿修羅は登場します。

この神話の中では手のつけられない暴れ者の悪霊鬼神として描かれています。

興福寺には阿修羅と仲間の【八部衆】が一緒に収蔵されていますが、

この八部衆も元は人々に恐れられていた鬼神で、

その中でも最も暴れ者が阿修羅だったと伝えられています。

 

それでは、どのようにして人々から愛される姿に変貌を遂げたのでしょうか?

 

前述している興福寺の他に、京都の三十三間堂にも阿修羅像が収蔵されています。

こちらの阿修羅像は興福寺の少年のようなお姿からは想像できない

忿怒の表情でこちらを睨みつけています。

三つの顔と六本の手は同じですが、本尊である千手観音のボディーガードとして、

本来の力強く、勇ましい姿で造られています。

 

釈迦如来の説法で改心した八部衆

古代インドの神話の神が仏教に取り入れられていく事は決して珍しくありません。

これは、古代インドに存在した様々な宗教が時代と共に淘汰され、

消滅や仏教への加入などの動きを繰り返し、

インド全土にお釈迦様の教え=仏教が広まっていったのです。

このように、所属する宗教が仏教に取り込まれるタイミングで姿や役割が変わっていくのです。

 

阿修羅は悪霊鬼神として、

人々が惹きつけられていく釈迦如来の説法が広まると都合が悪いため、

前述の八部衆と共に説法の邪魔を何度も企てます。

しかし、その説法を邪魔しようとタイミングを見計らっていた八部衆の中で

阿修羅は説法に感激してしまい、

計画通り暴れようとしている鬼神たちを逆に追い払ってしまったのです。

 

その後も釈迦如来の教えを広める力になりたいと、

八部衆も仏教に取り込み、

共にお釈迦様のみならず弟子たちのボディーガードも積極的に行う、

仏法の守護神として変貌を遂げたのです。

 

釈迦如来の仏法を無心で聞き、喜びに浸るお姿が興福寺の阿修羅像ではないでしょうか?

暴れまわっていた頃の戦う筋肉は全て無くなり、

胸元で合掌し、物憂げながらどこか清々しい、

なんとも言えないこの美しい表情に表れているのだと感じます。

 

阿修羅像にも座像が存在

興福寺と三十三間堂の阿修羅像に触れて参りましたが、

阿修羅には帝釈天との激しい戦いのエピソードなど、暴れ者の側面がありながら、

そんな姿が想像できない少年のようなあどけない表情とのギャップに、

多くの人々が惹きつけられるのかも知れません。

また、奈良の法隆寺には多数の国宝や重要文化財が収蔵されていますが、

五重塔内に収蔵されているのが阿修羅の座像です。

 

こちらは前述した阿修羅像の中でも最も歴史が古く、

興福寺の阿修羅像のモデルにされたとも伝えられています。

 

RIYAKの阿修羅

木製インテリア仏像ブランドRIYAKにも

新商品としてBASICシリーズに阿修羅が加わりました。

RIYAK発売当初からリクエストが最も多い商品の為、

開発に時間をかけてクオリティにこだわり抜いて製作致しました。

RIYAKの自信作・阿修羅をぜひご自宅でご堪能下さい。

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